義肢装具(prosthetics and orthotics)は、身体機能を補うための医療機器であり、その構造設計では使用者の体重(body weight)が最も基本的な設計パラメータのひとつです。
特に下肢義足(lower-limb prosthesis)の場合、歩行や着地のたびに発生する荷重は体重の数倍に達し、部材や接合部に大きな動的応力がかかります。
このため設計時には、実際の体重だけでなく、安全率(safety factor)を加えた「代表体重(representative
mass)」を基準として構造強度を設定します。
国際規格 ISO 10328:2016(アイエスオー 10328:International Organization for Standardization) は、義足の構造強度を評価するための試験方法を定義し、体重クラスごとの区分を明確に示しています。
この規格は世界中の義肢メーカーや試験機関で採用されており、医療機器としての信頼性と安全性を保証する共通言語といえます。
ISO 10328 は、下肢義足の静的試験(static test)と繰返し試験(cyclic test)を規定する国際規格です。
最新版(2016年版および Amendment 1)では、想定使用者体重に応じて P3〜P8 の6段階が定義されています。
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試験レベル |
想定体重 |
適用範囲 |
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P3 |
<60kg |
小柄な成人・活動量の少ない使用者 |
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P4 |
<80kg |
一般成人 |
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P5 |
≦100kg |
標準的成人用(最も一般的) |
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P6 |
<125kg |
体格の大きい使用者・高活動 |
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P7 |
<150kg |
高耐荷重仕様 |
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P8 |
<175kg |
特殊・スポーツ用モデル |
日本人成人男性の平均体重(約67〜70kg)は P5 の範囲内にあり、P5基準(100kg相当)は十分な安全余裕を確保できます。
この区分を採用することで、使用者体格の多様性に対応した設計評価が可能になります。
ISO 10328 では、試験を以下の2種類に分けて規定しています。
試験体には、義足の主要構成要素(ソケット、ピラミッドアダプタ、支柱、足部)が取り付けられ、実際の歩行角度(通常15°)を模擬して荷重が加えられます。
評価項目には、変形量、破損位置、疲労限度(fatigue limit)が含まれ、合格基準を満たした製品のみが「ISO
10328適合(ISO 10328 compliant)」として認証されます。
成人一般用(standard adult use)では、P5(≦100kg)が最も多く採用されています。
これは「使用者体重約70kg+安全率約30%」に相当し、一般的な日本人男性を含む世界的な成人平均を網羅しています。
義足メーカーでは、P5を基準に主要部品の強度試験を行い、さらに活動レベルの高い使用者に対してはP6やP7を推奨する運用が定着しています。
日本国内でも、ISO 10328に準拠したPレベル試験を行う施設(大学研究室・産業技術センターなど)が増加しており、JIS T規格との整合化も進みつつあります。
厚生労働省「令和6年(2024年)国民健康・栄養調査」によると、
このデータをISO 10328の区分と比較すると、男性はP5、女性はP4に該当します。
したがって、国内市場向けの義足ではP4〜P5を基準に設計すれば、安全性・経済性の両面で最適です。
また、輸出製品や競技用義足では、国際認証を得るためにP6以上の試験が推奨されます。
1) 設計段階(Design Stage)
– 想定使用者体重に安全率を加えてPレベルを設定する。
–
例:使用者体重80kg → P5(100kg級)で設計。
2) 試験段階(Testing Stage)
– Annex B(付属書B)に基づき静的および繰返し試験を実施。
–
荷重条件・角度・試験回数を記録し、報告書を発行。
3) 表示段階(Marking Stage)
– 製品ラベルや仕様書に「ISO 10328 P5 適合」「最大使用者体重 100kg」などを明記。
このように、設計・試験・表示の3工程を明確化することが、国際的な信頼性を高める基本手順となります。
欧州連合(EU)では、医療機器規則 MDR(Medical Device Regulation, EU 2017/745) に基づき、義足製品はCEマーキング(CE Marking)取得の際にISO 10328適合を求められます。
米国ではFDA(Food and Drug
Administration)が同規格を承認済みであり、国際流通にはISO準拠が必須条件となっています。
日本では、ISO 10328がJIS T
010328(同等採用)として国内規格に取り入れられ、国際的な互換性を確保しています。
この整合化により、国内メーカーも国際認証を取得しやすい環境が整いつつあります。
AIやデジタル試験装置の導入により、義足の設計・評価はさらに高度化しています。
将来的には、個々の使用者の歩行データや骨格3Dモデルをもとに、体重や荷重分布をリアルタイムで解析し、最適なPレベルを自動選定する仕組みが実用化されるでしょう。
そのとき、ISO 10328の「標準試験区分」は、静的な値から動的に変化するパラメータへと進化する可能性があります。
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用語 |
説明 |
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ISO 10328(アイエスオー 10328) |
下肢義足の構造強度試験法を定める国際規格。 |
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Pレベル(P3〜P8) |
使用者体重に応じた試験区分。P5(100kg級)が標準的成人用。 |
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静的試験(Static Test) |
一定荷重を加え、破断・塑性変形を確認する試験。 |
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繰返し試験(Cyclic Test) |
荷重を繰り返し加え、疲労強度を評価する試験。 |
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安全率(Safety Factor) |
実際の使用荷重より高い値を設計に用いる比率。 |
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MDR(Medical Device Regulation) |
欧州医療機器規則。CEマーキングの根拠となる法令。 |
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CEマーキング(CE Marking) |
EU市場で販売する医療機器に義務付けられる適合表示。 |
作成日:2025年10月29日
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