自動車や昇降機(エレベータ)など、人が搭乗するすべての機器には、設計や試験の際に仮定される「1人あたりの質量(representative occupant mass)」が存在します。
この値は安全性・構造強度・エネルギー吸収特性などを左右し、設計計算や型式認証の前提となります。
現在、世界的には 欧州基準=75kg/人 と 米国基準=68kg/人 の2つが主流です。
どちらの値を採用するかは、製品の輸出先や適用規格によって異なり、国際的な製品設計では両者への同時対応(Dual Compliance:デュアルコンプライアンス)が必要とされています。
欧州では「1人あたり75kg」を基本とする規格体系が長く定着しています。
代表的なのが ISO 8100-1:2019(アイエスオー 8100-1:International Organization for Standardization) と EN 81-20:2020(イーエヌ 81-20:European Norm) です。
これらのエレベータ安全規格では、前文の0.3.6項に次のように記載されています。
“Average passenger mass is assumed to be 75 kg.”
(乗客の平均質量は75kgと仮定する。)
この数値は、成人男女を平均化した欧州統計値(約73kg)に安全余裕を加えたもので、EU全域の設計・試験に共通して用いられています。
エレベータ、建築設備、公共交通機関のほか、自動車規格にもこの値が波及しており、「欧州=75kg統一」が事実上の国際標準となっています。
自動車の設計や試験では、EU Regulation No.1230/2012 によって「乗員1人=75kg(うち手荷物7kg)」が定義されています。
同規則第2条6.2.1項には次のように記されています。
“Mass of occupants: 75 kg per person (68 kg occupant + 7 kg luggage).”
すなわち、実際の体重を68kg、手荷物を7kgとし、合計75kgを代表値とする考え方です。
この値は、車両の重心位置(R点:Seating Reference
Point)や荷重分布の計算、衝突試験条件などの基本パラメータとして使用されます。
欧州車両ではこの75kgが型式認証時の共通基準となり、各種強度・安全審査の出発点となっています。
米国では、NHTSA(National Highway Traffic Safety Administration) が定める FMVSS(Federal Motor Vehicle Safety Standards) で、乗員1人の質量を68kg(150lb)と規定しています。
たとえば、連邦公報(Federal Register 2023/11/13)には次のように記載されています。
“Each designated seating position shall be ballasted with a 68 kg (150 lb) mass.”
(各座席位置に68kg(150ポンド)の質量を設置すること。)
この値は戦後の米国人平均体重(約68kg)を基にしており、現在も横転試験、衝突試験、電子安定性制御(ESC)などに使用されています。
欧州の75kgに比べて約10%軽いため、車体の重心や衝突挙動にわずかな違いが生じます。
国際メーカーでは、試験条件を両方の基準で実施する二系統評価が一般的です。
エレベータ設計では、「定員×75kg=定格荷重(rated load)」という関係が世界共通のルールとなっています。
ISO 8100-1 および EN 81-20 では、定員に応じて以下のように積載荷重を算出します。
日本の JIS A 4301(エレベータのかご及び昇降路の寸法) も同値を採用しており、国際的な75kg統一が実現しています。
この統一は、設計・試験・認証の効率化に大きく寄与しています。
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地域・規格 |
想定質量 |
主な用途 |
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ISO 8100-1 / EN 81-20(欧州) |
75kg/人 |
昇降機・建築設備・安全設計 |
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EU Regulation No.1230/2012(自動車) |
75kg/人(68kg+7kg手荷物) |
車両認証・重心計算 |
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FMVSS / NHTSA(米国) |
68kg/座席(150lb) |
衝突・横転試験 |
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JIS A 4301(日本) |
75kg/人 |
エレベータ設計基準 |
昇降機・建築系では75kgが完全統一され、自動車系では欧州75kgと米国68kgが併存しています。
製品をグローバル展開する場合、試験計画書や取扱説明書に両基準を明示し、「地域別前提条件」を明確化しておくことが重要です。
1) 二重適合を前提とする
輸出先に応じて75kg(欧州)と68kg(米国)の両方で検証を行い、試験結果を並列記録する。
2) 設計仕様書への明記
「代表体重:75kg(欧州)、68kg(米国)」のように記載し、国際審査時の確認を容易にする。
3) 社内基準の統一
旧来の55〜63kg基準を廃止し、国際基準(75kg/68kg)に合わせて運用する。
Glossary(用語解説)
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用語 |
説明 |
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ISO 8100-1(International Organization for Standardization) |
エレベータ設計安全基準。乗員質量75kgを採用。 |
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EN 81-20(European Norm) |
欧州昇降機安全規格。ISO 8100-1と整合。 |
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EU Regulation No.1230/2012 |
EU自動車規則。乗員75kg(68kg+7kg手荷物)を定義。 |
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FMVSS(Federal Motor Vehicle Safety Standards) |
米国連邦自動車安全基準。68kgを基準。 |
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NHTSA(National Highway Traffic Safety Administration) |
米国運輸省の道路交通安全局。FMVSSを管轄。 |
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R点(Seating Reference Point) |
自動車座席設計の基準点。車両寸法や重心位置の算出に使用。 |
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定格荷重(Rated Load) |
エレベータが安全に運搬できる最大荷重。定員×代表体重で算出。 |
出典
作成日:2025年10月29日
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