戦後間もない1950年代、日本では急速な復興とともに「成長期の健康」を科学的に測定しようとする動きが広がっていた。
その中で実施されたのが、東京都内の小学校児童を対象とした肺活量(VC)と最大換気量(MVV)の測定研究である。
この研究は、日本の学童呼吸生理学における最初期の体系的データであり、
70年を経た今なお、現代研究への重要な参照点として価値を持つ。
当時の目的は、「成長に伴う呼吸機能の変化を数量化し、体格との関係を明らかにする」ことであった。
戦後の子どもたちは栄養・生活環境が多様であり、心肺機能の発達状況にも個人差が大きかった。
そのため研究者たちは、肺活量と最大換気量を通じて、成長と体力の関係を客観的に把握しようと試みた。
この研究の意義は、呼吸を“見えない成長の指標”として捉えた点にある。
当時の測定は手動スパイロメーターによるもので、技術的には制限が多かったが、
その精度と方法論は驚くほど先進的であった。
研究は東京都内の小学校で実施され、対象は9歳7か月から12歳8か月までの児童187名(男子91名、女子96名)。
測定は立位姿勢で行われ、以下の項目が記録された。
BSAは体格補正のために用いられ、これにより異なる体型の児童間で公平な比較が可能となった。
測定結果は、1
m²あたりの換算値として統計的に整理された。
結果を表にまとめると以下のとおりである。
Table 1. Average Values of VC and MVV per Body Surface Area (1954 Study)
|
性別 |
VC (mL/m²) |
MVV (L/min) |
MVV/VC 比 |
備考 |
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男子 |
1,845 |
54.9 |
約30.5 |
換気効率が高い |
|
女子 |
1,628 |
43.0 |
約26.4 |
呼吸頻度が高い傾向 |
(Figure 1 には、体表面積と肺活量の関係を示す散布図を掲載)
この結果から、次の3点が明らかになった。
これらは、子どもの呼吸機能発達が体格と比例関係にあることを明示した初期の科学的証拠であった。
1950年代の測定装置は、金属ベルジャー型スパイロメーターやゴム製チューブを使用するものであった。
機械的な抵抗や気圧変化の影響を補正するために、研究者は独自の補正式を導入していた。
この補正により、実測値と理論値の誤差を±5%以内に抑えていたと報告されている。
この高い技術精度は、現代の電子スパイロメーターに匹敵する信頼性を持つものであり、
「当時の測定データを現代基準で再評価できる」ことを意味している。
現代のGLI-2012(Global Lung Initiative)基準や日本人小児のスパイロメトリー参照式(Takase
2013)と比較すると、
1954年のデータは予測値とおおむね一致している。
特に、男子の肺活量・最大換気量の増加率は、現在の平均値とほぼ同水準であった。
これは、70年前の子どもたちの呼吸発達が、現代の学童と本質的に変わらないことを示している。
つまり、成長期における肺機能の発達パターンは時代や環境が変わっても普遍的である可能性が高い。
この結果は、現代の教育・医療現場における基礎指標として再利用できる価値を持つ。
アヴィスでは、この1954年データをデジタル再解析し、学童呼吸モデルの基礎データとして再構築している。
この研究の最大の功績は、「学童の呼吸を科学的に定量化した最初の試み」であった点にある。
それ以前は体力測定と呼吸は別々に扱われており、呼吸が“成長を映す鏡”であるという発想は一般的ではなかった。
この研究により、肺活量と最大換気量の比率(MVV/VC比)という新たな概念が導入され、
呼吸の効率を数値で表す評価法が確立した。
この概念は、今日のスポーツ生理学・安全工学・教育生理学の基礎となっている。
アヴィスは、この歴史的データを尊重しつつ、現代のダミーモデル開発や安全教育に応用している。
呼吸の科学を「過去と未来をつなぐ技術」として位置づけることが、弊社の使命である。
Glossary(用語解説)
出典・参考
Abstract
Title: A 1954 Study on Vital Capacity and Maximum Voluntary Ventilation in Japanese Schoolchildren — Historical Foundations of Pediatric Respiratory Physiology
In 1954, a pioneering study conducted among 187 elementary school students in Tokyo measured Vital Capacity (VC) and Maximum Voluntary Ventilation
(MVV) to quantify respiratory development during growth.
The average values, normalized by body surface area, were 1,845 mL/m² (VC) and 54.9 L/min (MVV) for boys, and 1,628 mL/m² (VC) and 43.0 L/min (MVV) for girls.
Despite the limitations of mechanical spirometers, the accuracy of measurement was within ±5%, demonstrating remarkable methodological precision for its time.
The study revealed strong positive correlations between VC, MVV, and body size, establishing MVV/VC ratio as an early indicator of ventilatory
efficiency.
When reanalyzed with modern GLI-2012 reference standards, these historical data align closely with present-day averages, suggesting that the pattern of respiratory growth in children has remained
consistent over seven decades.
At Avice, Inc., this dataset has been digitally reconstructed to support the design of Human-Like Dummies that simulate pediatric respiratory mechanics.
This reexamination bridges historical physiology and contemporary biomechanics, underscoring the enduring value of early Japanese research in understanding how children breathe and grow.
作成日:2025年10月29日
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